本文へ移動

水府提灯について



 ちょうちんとは-Japanese Lantern -


提灯(ちょうちん)は、伸縮自在な構造で細い割竹等でできた枠に紙を貼り底に蝋燭を立てて光源とするもの。ろうそくではなく電気による光源のものもある。 内部に明かりを灯し、紙などの風防を通して周囲を照らす。
「提」は手にさげるという意味で、携行できる灯りを意味する。いわば昔の懐中電灯で、中に蝋燭を点して持ち歩いたが、現在では祭礼の際を除くと、日常の場でこのように使われることはほとんどない。 近年は、竹ひごの代わりにワイヤー線を使い、和紙をはり、蝋燭の代わりに電球を使って、主に祭りなどのイベントや看板として使用されることが多い。インテリアや土産物などとしても販売されている。
提灯の歴史は古く、その起源は室町時代まで遡るといわれています。当時中国からもたらされたとされる提灯は、竹かごに紙を張った折りたたみのできない篭(かご)提灯のようなものでした。折りたたみの出来る提灯が使われるようになるのは室町時代末期の頃で、当時の絵巻には葬列の中の一員が提灯をぶら下げている様子が描かれており、仏具的な役割をしていたことがうかがわれます。 安土桃山時代から江戸時代はじめ頃に祭礼や戦場での大量使用が要因となって技術革新がなされ、軽くて携帯に便利な簡易型への発展を遂げました。 更に、江戸時代中期以降にロウソクが大量生産できるようになると、それまで天皇・貴族・武士・僧侶など上流階級の人々だけが使用していた提灯も安く大量に出回り、多種多様な形状の提灯が人々の生活に浸透していきました。盆供養に提灯を使う風習もこの頃浸透していきました。


水戸藩の産業振興を支えた伝統の技


 水府提灯について- Traditional  Lantern -


水府(すいふ)提灯(ちょうちん)の源流(げんりゅう)
水府提灯の始まりは、約400年前の江戸時代にまでさかのぼります。水府(すいふ)とは江戸(えど)時代(じだい)の水戸(みと)の別称(べっしょう)です。徳川御三家のひとつである水戸藩は、当時、実質的な石高(こくだか)を下回っていて窮乏していたといわれています。そこで下級武士がなんとか生活を支えていこうと内職的に始めたのが提灯づくりでした。幸いなことに水戸藩領内には『西の内紙』という質が良く水に強い和紙の産地があり、この厚手の和紙を使用し、独自の工法を活用した丈夫で高品質の提灯が『水府提灯』として盛んになったのです。水戸藩も必需品である提灯の製造を奨励し、藩民の生活を支える産業として水戸の『水府提灯』はますます発展していったと伝えられています。水戸は岐阜(ぎふ)、八女(やめ・福岡県)と並ぶ提灯の日本三大産地と称されるようになり、現在に至っています。




 水府提灯の特徴(八女· 岐阜の特徴との違い)- Comparisons-

水府提灯の工法の特徴に篠竹でたくさんの輪を作り、 その 1 輪1輪を糸で結んで補強するという丁寧で綾密な伝統技術一本がけという手法でつくられ勢いよく引き伸ばしても形が壊れたり紙が破れたりしない堅牢さが特徴である。

日本三大産地提灯の特徴

水府提灯
岐阜提灯
八女提灯
主な特色
一本がけによる堅牢さ
極めて細いヒゴに薄い和紙に綺麗な絵柄
一本に長い竹ヒゴを螺旋状に巻いて使う一条螺旋式の竹骨
西の内紙
美濃紙・天具帖
(てんぐじょう)
八女手漉き(やめてすき)
和紙
主な形状

一本がけによる箱系・丸系型

卵型・つぼ型
住吉(吊り提灯)
大内行灯(3本脚)



 【代表的な形】

 

水府提灯

岐阜提灯

八女提灯



 一本がけ

 
勢いよく引き伸ばしても形が壊れたり紙が破れたりしない堅牢さは、
「一本がけ」といわれる独特の枠組みとその目の細かさ、
そして一本一本糸を結んで補強するという丁寧で緻密な伝統の技術から生まれる。



手書きへのこだわり 

 
「手書きの良さ」にもこだわり、印刷技術が進んで今でも提灯の紋や独特の形の文字を一つ一つ描き入れている。使う塗料は作業時の温度や湿度で状態が変わるため、経験に裏打ちされた確かな技術が要求される作業だが、機械を使えばまったく同じものがたくさん作れる時代だからこそ、微妙な違いが出る手書きの味わい、一点ものの良さを大事にしております。



次代に向けた取り組み 

伝統工芸品を若い世代にもっと身近に感じてもらうため、近年はアニメやマスコットキャラクターの絵柄の提灯や提灯型の髪飾りなども手書きで行っている。
また両天の時にも使用出来る提灯も開発中です。
伝統技術を守りつつ次代に向けた取り組みも行っております。
TOPへ戻る